ビルの屋上で。
左から、弟、私、さくらちゃん、じゅんくん
前回お話した公園の正式名称は「堅川公園」という。まあたまに犬の落とし物に遭遇するが、当時はそれほど住民たちは気にせず、キャッチボールをしたり、トンボ取りをしたり、楽しんで使っていた。ここはすぐ横に川があったので、トンボも沢山いたようである。私の父はトンボ取りが得意で、ここでよく弟にトンボの取り方などを教えていた。あの時の父はまるで少年のようだった。懐かしい。堅川公園は都会の中の貴重な自然という感じだった。
堅川公園といえば、うちの隣に住むじゅん君のお父さんのことも思い出す。じゅん君のお父さんは、第3回にも紹介したように、豪快で楽しいことにお金を使うのが大好きな人だった。一時期はボウリングにはまり、高価なマイボールにマイシューズを買って、私たちの住む10階の廊下をレーンに見立て、日夜ボールを転がして練習をしていた。これにはうちの家族も、さくらちゃんの赤西家もビックリだったが、毎日子どもたちがガチャガチャとうるさい昭和時代は、そんな大人がいても笑って見過ごしていたのだった。
じゅん君のお父さんは、しばらくするとゴルフに凝りだした。また高価なクラブを買い、堅川公園で日夜練習に励んでいたが、ある日のこと、クラブを大きく振った瞬間、握った手をゆるめてしまい、何とクラブを川の中にポチャンと落としてしまったのだ。
その時、じゅん君とうちの弟も一緒にいて、その光景を眺めていた。すぐにじゅん君のお父さんは家に戻り、お母さんに事情を説明した。そこでかなりお父さんは責められたとは思うが、二人はまた川に戻って来て、クラブが落ちている状況を確認した。
そしてすぐにじゅん君のお母さんは「ひもをつけた強力磁石で回収」することを思い付いた。早速、強力磁石を金物屋で購入し、ひもにくくりつけ、川に沈めた。じゅん君のお母さんの読みは大成功。無事に高価なゴルフクラブを回収することができたのだった。
いつも宇崎家は、お父さんが何かしでかして、しっかり者のお母さんがフォローする、という構図だったなあ。そんな感じで、うちの近所はいつも何かしら事件があって、退屈しないところだったなあ(笑)
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